猛ダッシュおじさんは、朝、世界を救う。またはクソメンの未来

ぼくが毎朝遭遇するおじさんは、いつも必ず、猛ダッシュしている。

 

おじさんはたぶん50代後半か、もしかすると60代。

小柄で、小太りで、メガネをかけて、少し薄い髪を7:3に分けている。

地味なスーツを着て、革靴で、黒革のカバンを右手に持っている。

 

そしてまったく息を切らしていないふうを装った無表情で、でも周囲の視線をビンビンに意識している様子で駆け抜けるのだ。

 

軽いジョギングなんかじゃなく、スプリンターの走り方。

ゴムまりが弾けるような、躍動感のあるマラドーナの走りを目指して、ひどく失敗したような。

手足の振りだけはオーバーなのだが、実際のスピードは歳相応で、はっきりいって遅い。

 

おじさんはたぶん、遅刻スレスレだから走っているのではない。

 

いつもおじさんが駆け出して来る高層マンション(おじさんはお金持ちなのだ)から、最寄りの駅までは徒歩でも3分程しかかからないし、その距離で毎日遅刻スレスレなら頭が悪すぎる。

そしてなにより、それはおじさんの走る様子を見れば容易にわかる。

 

おじさんは、クソメンなのだ。

 

木曜JUNK「おぎやはぎのメガネびいき」のリスナーに多いとされる、クソメンの年老いた姿なのだ。

 

クソメンは、人ごみを猛スピードですり抜けようとする。

クソメンは、壁と電信柱の間をすり抜けようとする。

 

それと同じで

「速く走る俺を見て欲しい、息も全然切らさずに」

とおじさんは思っているのだ。

 

おじさんは、イケメンとは少し違った方向で、おじさんなりにカッコつけているんだと思う。

 

道行く人はみな、おじさんを見てギョッとしている。

後ろから来た車(おじさんは車道の真ん中を走るのだ)のドライバーは、だいたいイラついて睨みつけるか、「いつものことだ」と苦笑している。

 

 

または、おじさんはいわゆる「中二病」が完治していない可能性もある。

 

毎朝玄関を出るとき「ったく、しゃーねーな」とか言っておもむろに駆け出し、マンションの駐車場の角を曲がるときは一度たたらを踏んで、おじさんの身体に潜む妖魔か何かと、ときには反発し、ときには協力しあいながらも、街に突然出現した異形の悪魔か何かと戦うために、猛ダッシュで向かっているのかもしれない。

 

おじさん、世界を頼んだよ!

 

あと、交通の邪魔だよ!